イースト研究室 03 イーストの軌跡

パンの始まり

  • あずまくん

    パンって、いつできた食べ物なのかな?

  • こうぼんぬ

    6000年前だって。すごい歴史よね。

パンの歴史は6000年

パン発祥の地は、古代中央アジア・メソポタミア地方。今から6000年も遡る紀元前4000年頃に、"無発酵パン"と呼ばれる薄く平たいパンがつくられたといわれます。インドやパキスタンなどで現在もポピュラーな「チャパティ」は、この無発酵パンの一種です。

  • こうぼんぬ

    私たちがパンを膨らませたのは、偶然だったの。

偶然からできた発酵パン

現在の主流であるふっくらとした"発酵パン"は、ちょっとした偶然から生まれたといわれています。
夏の日に、あるユダヤ人の女性が穀粉を水に浸そうとして、うっかり蜜を薄めたカメに入れ、そのまま忘れてしまいました。2、3日後、カメから甘酸っぱい匂いがしましたが、気にも留めずいつものように団子状に練って焼いたところ、一種の発酵パンができたそうです。
これは野生酵母の働きによるものですが、当時の人々がそのことを知る由もありません。

このほか、パンの起源をエジプトとする説もあります。いずれにしても、製パン技術は中央アジア・メソポタミア地方からイオニアを経てギリシアへと伝わり、パンは人々の常食となっていきました。

イーストの発見

  • あずまくん

    仕組みがわからないのに、どうやって発酵製法を受け継げたの?

  • こうぼんぬ

    いわゆる「秘伝のタレ」方式ね。

パン生地を次のパンの種にする

発酵パンは何千年もの間、パンの生地の一部を種として残し、それを次の仕込みに使うという製法でつくられていました。
製パンは、職人の経験と技術に頼るいわば神業であり、経験や口伝によって製パン技術を会得した職人の地位は極めて高いものでした。このことから、パンは神の恵みとして崇められたり、結婚式などの特別な日に用いられる食品でもありました。

  • あずまくん

    パンは特別なときの食べ物だったんだ!

  • こうぼんぬ

    酸っぱかったみたいだけど。。

各国の風土にあった多種多様なパン

13世紀以降、ルネサンス文化の広がりとともにパンはヨーロッパ全土へと普及しました。フランスのフランスパン、東欧やロシアのライ麦パンなど、各国の風土にあった多種多様なパンがつくられるようになりました。
とはいえ、その製法の特性上、きわめて酸味が強く、現在のパンと比べるとおいしいとはいいがたいものだったようです。

発酵の解明

  • あずまくん

    そして、いつ発酵の謎は解かれるの?

  • こうぼんぬ

    レーウェンフックさんが私たち酵母を見つけてくれた!

「酵母」の発見

パン種の正体が明らかにされたのは、17世紀も後半の1680年のこと。顕微鏡を発明したオランダのレーウェンフックという人が、肉眼では見えないミクロの生命体、「酵母」の存在を確認しました。
ここから始まる酵母の研究により、パン種、つまりイーストも様変わりしていきます。18世紀にはアルコール製造の副産物である酒精酵母が、次いで19世紀初頭には酒精酵母を圧搾した圧搾酵母が使われるようになりました。

1857年、ついに発酵の原理が解明される

19世紀に入ると、イーストを培養するための研究が活発化します。ドイツやオーストリアでは、良質なイーストの製造に賞金がかけられたほどでした。
そして1857年、ついに発酵の原理が解明されます。その立役者はフランスの偉大な生化学者であり、医学者としても知られるパスツール。
彼は「酵母が糖をアルコールと炭酸ガスに分解する」ことを初めて理論的に解明し、この成果を受けて酵母の研究は大きく進歩します。
ヨーロッパ各国で圧搾酵母工業が成長をとげ、1880年以降には著名な醸造学者も世に出るようになりました。ここに来てようやく、6000年近い歴史をもつ発酵パンの製造技術が裏づけられたのです。

  • あずまくん

    日本でのパンの歴史も教えてよ!

  • こうぼんぬ

    鉄砲と一緒に来て、兵糧に使われたのよ。

日本にも鉄砲とともにパンが伝来

1543年、大隅国(現在の鹿児島県)・種子島にポルトガル船が漂着し、鉄砲をはじめとする南蛮文化が伝来したことは歴史の教科書でもお馴染みの話。実はこのとき、パンも日本に上陸していたのです。

パンの兵法

そのパンが、江戸末期になると意外なところから注目されます。日本のパン祖として知られる江川太郎左衛門英竜(坦庵)が、「戦術」のひとつとしてパンの採用を推進したのです。1779年の露艦来航以来、外敵に備えた軍備の必要性が高まるなかで、伊豆韮山の代官だった坦庵は蘭学を通じてパンの存在を知り、その保存性・携帯性の良さに注目。米のように敵前で火を炊くリスクも避けられると、兵糧に採用することを思いつきました。

こうした経緯から、坦庵が長崎・オランダ屋敷の料理人の協力を得て最初に製造したパンは、乾パンやビスケットに近いものだったようです。坦庵のほか、薩摩藩主の島津斉彬や、水戸徳川家も兵糧としてパンを採用しましたが、これらはいずれも一般の食用ではありませんでした。

イーストの製造とオリエンタル酵母工業

  • あずまくん

    日本人にパンが普及したのは?

  • こうぼんぬ

    外国から来た人たちが教えてくれたんだ。

日本でもベーカリーが登場

パンが日常食として日本に登場するのは、安政6(1859)年、横浜、長崎、函館の3港が開港され、外国人居住地が設けられてからです。パンを常食とする居住地の外国人は、雇った日本人に製パン技術を教えてパンを焼かせました。技術を身につけた日本人たちがやがてパン職人になったほか、港町には外国人が経営するベーカリーも出現。外国人と接する機会の多い官僚や商人を中心に、日本人は徐々にパンと馴染んでいきました。

  • あずまくん

    当時はイーストをどこから手に入れていたの?

イーストが輸入されるようになる

19世紀末頃までは、日本でもヨーロッパ諸国と同様、自家製パン種が使われていました。親方から弟子へと受け継がれる秘伝のパン種は、パン職人にとって命と同様に大切なもの。一片からでも培養できてしまうため、盗まれでもすれば一大事です。職人たちは、遊びに行くにもすべてのパン種を懐中に入れて持ち歩いたといわれるほどでした。また、この自家製パン種は、温度管理をはじめ、保管にも並々ならぬ苦心を要したようです。

明治14(1908)年になると、ヨーロッパで開発された圧搾酵母が日本へも輸入されるようになり、ここから国内でも酵母の研究が行われるようになります。大正4(1915)年には、丸十ベーカリーの田辺玄平氏が乾燥酵母(マジック・イースト)を開発。次いで大正6年には、杉本隆治氏によって、発酵速度の極めて早いフライシュマン・イーストがアメリカから輸入されるようになります。これらイーストによって、日本でもおいしくて品質も安定したパンがつくれるようになり、パン種を利用したパンづくりの時代は幕を閉じました。

  • あずまくん

    ずっと輸入イーストを使っていたの?

  • こうぼんぬ

    国産イーストのパイオニア、それがオリエンタル酵母!

日本でも、国産イーストが登場

「純粋培養による国産イーストの開発」、この目標に向けて、イーストと関連の深い製パン、製粉、そして醸造などの各業界が動き出します。昭和2(1927)年、大阪の大手製パン業者・マルキ号製パンによる「マルキイースト菌研究所」設立を皮切りに、製薬会社の三共、ビール会社の大日本麦酒株式会社などもそれぞれ独自の研究を開始しました。

「オリエンタル酵母工業」の誕生

そんな折、北海道帝国大学(現在の北海道大学)農学部農芸化学科出身の北嶋敏三氏が、麦芽根を利用したイーストの製法を発見。その工業化をめざした北島氏は各方面に働きかけ、2年後の昭和4(1929)年、日清製粉の正田貞一郎氏らが中心となって企業化への道をひらきます。同年6月、「オリエンタル酵母工業株式会社」設立--ここに、日本初の製パン用イースト製造会社が誕生したのです。

翌年には同社の東京工場が本格的に稼働を開始。待望の国産イーストは、市場に供給されると同時に全国に普及していきました。以降、現在に至るまで、国内イーストの歴史は、そのままオリエンタル酵母の歴史といっても過言ではありません。

  • こうぼんぬ

    これからも、いろんなところで役に立っていくよ!

イーストの使い方も研究されています。

国産化の実現を契機に、国内ではイーストの用途開発も盛んになり、今日イーストは、各種食品をはじめ医薬やバイオテクノロジーなど、さまざまな分野で活用されています。

イーストと発酵を利用した食品や医薬関連品は、人々の健康志向が高まるなか、ますます注目されるようになっています。人々の楽しい食生活、健やかな暮らしに、イーストはさまざまなかたちで貢献しているのです。

第一次世界大戦が酵母工業をさらに発展させた!?

第一次世界大戦で、イースト製造の主原料であった大麦・ライ麦などの穀類やジャガイモなどから採れるでんぷんの入手が難しくなりました。
そこで、ドイツの酵母製造業者たちが代替物として廃糖蜜や肥料の硫安を使ってみたところ、良質なイーストが大量に生産できたのです。さらに、イーストをパン種だけでなく、食用たんぱく質として供給し、人々を驚かせました。

こうして大量生産を実現した酵母工業は、戦後も発展を続け、食品産業の大きな柱として成長していったのです。

酵母の可能性

  • あずまくん

    酵母の可能性ってすごいね!

  • こうぼんぬ

    ぜひ私たちの力をもっと引き出してね!

生命の活動「発酵」

限りない可能性を秘めた生命の活動「発酵」
今日、世界中でふっくらと豊かな食感を持つ発酵パンの数々が主食として定着しています。
6000年というパンと人の長い歴史のなかで、発酵の原理が発見され、研究を始めたのはわずか160年ほど前のことです。

発酵技術は現在、パン・酒などの食品から医薬品、バイオ関連製品などに広く活用されていますが、発酵のメカニズムには、未だ解明されていないさまざまな不思議が残されています。
酵母と発酵から始まる新しい世界、その可能性は限りなく広がっているのです。